墓地への鳥居をくぐって右手に、花崗岩造りの六観音菩薩立像(室町時代)が並ぶ。

ここでは左から馬頭観音、十一面観音、如意輪観音、不空羂策観音、千手観音
六地蔵を挟んで聖観音が並ぶ。

(極楽浄土への道案内)
六観音菩薩と六地蔵菩薩

薬師堂

浄土坂地蔵堂

阿弥陀引攝来迎掛軸

涅槃図掛軸

絵曼荼羅掛軸

地蔵菩薩半迦像

厨子の中に納められた三体の如来像

宗祖真盛上人御木像

阿弥陀如来坐像

五層の塔

石卒塔婆

無量寿善逝如来
(阿弥陀如来の別名)

重要文化財級の石仏・石造物等
墓地前にある石仏は室町時代後期の五智如来石仏で、鵜川48体阿弥陀仏と同じ湖西の石仏石工の集団が造立したものだといわれいます。
前屈みで扁平な感じで作られています。これは湖西の石仏の特徴です。
1.4m〜1.67mで室町後期の仏たちです。

「五智如来は、金剛界・胎蔵界があり、蓮華寺の大日如来の胎蔵大日の場合は、大日・宝幢・開敷華王・無量寿・天皷雷音となるらしいが、ここでは、右から順に、薬師・宝生・大日・阿弥陀・釈迦と書いてあってなじみの多い如来が並んでおられることになっている」玉泉寺の五智如来は蓮華寺よりポピュラーな五智如来になっています。

弥勒だけ弥勒如来と言わないで、弥勒仏とあるのは5億年後釈迦に変わる時までは弥勒菩薩であるためです。でもこの弥勒仏は如来の姿です。
五智如来石仏
観音堂
鐘楼堂・梵鐘

本尊

本堂
山門

十一面千手観音坐像

西の浄土の門

境内ご案内

薬医門様式・欅造り

現存する建物で一番古い物で、天明六年
大阿闍梨香雲上人とある。

屋根の隅木を中央に集め、宝珠型棟瓦を据
えた方形造りの優雅な姿が遠くからも目立つ。

創建は奈良時代の天平年間で
行基が開祖と伝えられている。
享禄四年(1531年)大火に消失し、
これを歎いた田中郷主田中里春が、
坂本西教寺第四世真叡上人を招いて
再興した。

運慶作と伝わる阿弥陀如来立像

屋根様式は珍しい扇垂木造りである。
太平洋戦争のため各寺の鐘が溶鉱炉に
消えたが、当時の住職木村哲忍上人の
由緒ある梵鐘を助けたいとの懸命の嘆願が
実を結びその難を免れたため、今もなお
美しい音色を響かせている。
梵鐘は、元文四年(1739年)に重鋳され、
胴周りには、玉泉寺の縁起が刻字されている。